india

インド 1.

       インドの遺跡や寺院を主に、全土を周遊してカメラにも記録したい。

ついでにネパールへ行ってヒマラヤの山々を眺め、

トレッキングを楽しむ。昨年の暮れ(2008年)から情報を 集めている。

  

2007年の暮れに「タイ」を1ヶ月ツアーした。

バックパッカーとかバジェットトラヴェラーと称するスタイルで、タイの北から南を縦断して更にミヤンマー、カンボジアにも足を延ばした。この経験を生かして未知の国インドを楽しみたい。

2009/9月・26日  

 インド・ニューデリーに降り立った。ここを基点にしてインド周遊が始まる。

 まず、ネパール・ポカラ⇒カトマンドゥに立ち寄って、インド・バナラスへ飛んだ。

 

 セントレア⇒北京(特別ラウンジで仮眠)

インド・デリの空港に降り立った。あらかじめ予約していたゲストハウスYES-PLEASE の車で宿に落ち着いた。

ここを基点として、ネパールへポカラ・カトマンドゥを経てインド・バナラスたどりついたアグラを経て再び デリへ、更に 南下周遊して三度目の デリから日本へ帰国する予定だ。

 

インドには遺跡がたくさん残っている。そこには過去における、民族間の戦いがあり 宗教があり、民衆の暮らしがあった。王国の栄枯盛衰の歴史が残されている。 ロマンを思うのは私だけか。

石工彫刻技術は勿論のこと、その表現力に驚嘆する。ネパールに立ち寄るとすれば、余裕をみて2ヶ月間は必要だ。

2009/9月・26日  

 インド・ニューデリーに降り立った。

 ここを基点にしてインド周遊が始まる。

 まず、ネパール・ポカラ⇒カトマンドゥに立ち寄って、

 インド・バナラスへ飛んだ。

 

  鉄道駅の裏側近くに予め予約してあったホテルに落ち着いた。商店が連なり賑やかだ。

 写真右端の牛は神様で大事にされている。 因みに私は丑年。

※ニューデリー  日本人がよく立ち入るレストランから撮影 

Banaras

 バナラース 

       ネパール・カトマンドゥ- から空路インド・バナラスに降り立った。ここから本格的なインド周遊が始まる。

ガンガー(ガンジス)は 3000年を超える歴史を持つヒンドゥー教最大の聖地、シヴァ神の聖都でもある。

多くの巡礼者で、通りは身動きできないほど。   

 

聖地であるワーラーナシーを流れるガンジス

Khajuraho

 

 カジュラホ

バナラスから西へ寝台夜行鉄道で約130kmに位置する。 翌朝、7:00にサトナ駅で起こされた。 ここからバスに乗り換えだ。

オートリキシャに若い白人女性と少し離れたバス駅まで乗り合わせた。 即発のバスは田園の中一直線の道路を突き進んだ。

カジュラーホーは、インドのマディヤ・プラデーシュ州の小都市。

首都デリーから南東に620kmの位置にある人口約5000人弱の小さな村である。

 

 

Agra アーグラ: タージマハール  カジュラホからバス所要約12時間

 

目的の タージマハール は休みだ。中年の男が擦り寄ってきて、「最高のビューポイントを案内する」 からと河の方へ案内してくれた。 

おかげで、遠景ながら写真に収める事ができた。勿論しっかりガイド料を請求された。

 

インド北部アーグラにある、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、

1631年に死去した愛妃ムムターズ・マハルのために建設した総大理石墓廟

インド・イスラーム文化の代表的建築である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Jaipur:ジャイプル 

                 10月09日 アグラから再びデリーに戻ってきた。 (プルとは城壁に囲まれた街の意味)

 最初に泊った GHイエスプリーズで預けたキャリーバッグを受け取り、 翌日のジャイプル行きをGHに併設の旅行会社、

ラジェンダ に相談したところ、タクシーの相乗りを勧められた。相棒は日本人の若者。州都デリーから南西270km 

渡りに船で即決した。彼は日本語が堪能だ。 勿論格安料金だ。周遊してまたデリーから帰国するためホテルに一部荷物を預けた。 1か月後、帰国時に再び立ち寄るつもりだ。

 

蛇使い(へびつかい)

蛇使いは、蛇(主にインドコブラ)が入っているカゴやザルの前で笛を吹き、コブラを操るように見せる芸

(コブラ踊り)を行う。この際のコブラの動きは、笛の音で反応したものではなく、蛇使いが足でカゴを叩く振動や目の前で笛の動きに反応しているものである。    wikipedia

 

 

 

 

 

 

インド象はでかい。相棒と乗ってみた。 

 

アンベル城

 ◆ジャンマルタン天文台

ジャンタルマンタル(天文台)、西暦1700年初期の建築。
ジャイプルの街を築いたマハーラージャ,ジャイ.スイン2世は、インド各地に天文台を造った。 

 10月11日
ウダイプル行きの夜行列車のチケットを購入した。
窓口担当官の私に対する質問が分からなくもたもたしていたら、周囲の人が勝手に答えてくれて助かったけどシートの等級がワンランク下だった。 出発までずいぶん時間があるため、ネットショップを探すべく人力車を拾った。

 

 

 

 彼の名前は、 AJAY 53歳と答えた。奥さんは?と聞くと天を指差した。
穏やかな表情をした敬虔なヒンドゥ-教徒でバラックの家に招いてくれた。
昼から7:00pmまで付き合ってもらった。 その間、博物館、レストラン、などを案内してくれたが、

別れ際に料金はいくら払えばよいか?の問い に対して
「貴方が払える分をもらえばよい」と簡潔な英語で返事があった。

私としても判断がつかず、300RPを手渡した。
彼は笑いながら私の手を握って感謝の表情。 いまだにそれが妥当な金額かどうか判らない。

 

 

UDAIPUR ウダイプル  20091110日     土産は細密画

 

ジャイプルから鉄道で約10時間、ウダイプルへは、マウントアブーへの足がかりとして留まった。
ワンダービューパレスに宿を決めた。立派な名前なのだが、中級ホテル並み。

湖に面して 共同バルコニーを独占できて、斜め対岸にはシティパレスがよく見えて眺めは良い。

一人乾杯し朝食兼昼食(チーズナーン)を摂る。

土産物店を覗いてからかうのも楽しい。 値段交渉は、売り手が提示する値段の1/4 から始めて1/3迄譲歩する。

売り手が拒絶すれば即座にサヨナラだ。後を追ってくれば売買成立だ。 小さな「絹の細密画」23点手に入れた。

 

駱駝は[]を、 象は[幸運]を、馬は[パワー]を顕す

 

Mt.ABU マウントアブー  

1012目的地である マウントアブー へはバスしかない。 ウダイプルからバスで西域約5時間。
中継駅ではバスの中で一人待機していたら、インド人から「マンタブー?」と聞かれ何のことか分らず聞き返してようやく分った。マウントアブーを縮めるとそんな発音になる。

インド人に教えるなんて思ってもいなかったので少し優越気味に大声で返事した。  「そうだ!」  

 

マウントアブーは標高1220mのナキー湖畔を中心に開けた街で各地からの避暑客で賑わっている。
ジャイナ教徒の重要な巡礼地である
ディルワーラージャイナ教寺院 の彫刻は見事だ。
白い大理石で柱、壁、天井をびっしりと覆い、

よくもよくもこんな離れた場所に建立したんだなあーと感嘆しきり。

残念ながら撮影禁止だ。


寺への入場は履物を入り口で脱がなくてはならない。ディルワーラ寺院 を退場して靴を履いていたら、

「お前の靴を番していたからチップをよこせ」と言ってきた。

なんともはやこれがインドかいな。 ここへは結局2泊した。

宿のオヤジのアドバイスもあって、次の目的地であるアフマダバード経由インド中部のアウランガバードへバスで行くことにした。

乗り換え分をカウントして行程16時間のツアーとなる。

神谷武夫著、THE DELWARA TEMPLES IN MT. ABU から画像を拝借した。、

西インドのグジャラート州とラージャスターン州には多くのジャイナ寺院があるが、アフマダーバードの北方 170キロほどのアーブ (*1) 山には、最も有名なデルワーラ (*2) 寺院群がある。海抜 1,200メートルのアーブ山は、古来ヒンドゥのシヴァ派とジャイナ教徒から聖山として崇められ、特に この寺院群が建立されてからは、ジャイナ教徒にとってシャトルンジャヤ山と並ぶ 重要な巡礼地となった。

 

 

 

 

 

ELLORA   エローラ 20091111 

     エローラ 巨大な岩山を切り開いて造った石彫り寺院で全部で33の石窟寺院がある。
         
工事中のメイン道路に降ろされた。 キャリーバッグを引きずってうろうろする訳にもいかず、

最初に声をかけてくれた

オートリキシャに飛び乗った。 案の定、自分の関係のホテルを見てくれと言う。

彼の薦めるホテルを振り切って ShreeMaya のホテルに落ち着いた。
アウランガバードはムンバイの東約350kmのデカン高原にある古い市場町。

エローラ、アジャンター などの観光基地になっている。
エローラは、ヒンドゥ教と仏教の石窟群で知られており、その中で特に第16窟カイラーサナータ寺院が有名だ。
全て完成するのに756年から着手して約100年掛かったといわれている。

 

 

アウランガーバードからオートリキシャで30分

エローラ石窟寺院(屋上部分)

 

AJANTA  アジャンタ              
         
アジャンタ石窟寺院 アウランガバードの基地から北北東104kmに位置している石窟寺院。 
     ここへは効率的なハイヤーを雇った。

 

基地 : アウランガバード

 

さて、翌日は更に南へ下って ハイダラバード ヘ行くべく列車予約センターへ赴いたが、時間切れだった。

べつの窓口で普通列車のチケットをと列の最後尾に並んだが、モスリムの黒覆面の女性連中が前に割り込んできた。

見かねて抗議してもわめき散らすだけで効き目なし、ポリさんが制止するも効き目なし。

挙句の果てに私にはチケットを発行出来ないと言う。
ホテルで聞いたら祭りでバスも満員だろうとのこと。

万事窮すとはこのことか、仕様がないもう1泊することに相なった。
もうやけくそ半分で乾杯だ。

夕方から、花火、爆竹で喧しいことこの上なく部屋にいても落ち着かない。

夜の街をふらっとウオーキングとしゃれ込んだ。

各家の入り口や道路には、カラフルな原色の細かい砂で幾何学模様を描いている。

各戸で模様も直径も異なる。

(写真)着飾ったかわいい23人の子供が、日本人が珍しいらしく声をかけてきた。
なんの祭りかと尋ねたら Diwari Festival とそれぞれが大声で教えてくれた。子供の一人が是非家へ来てくれとせがまれたので遠慮
しながらも上がりこんだ。訪問客があると縁起が良いそうだ。
お母さんとその妹さん、男の子と女の子二人と各部屋を案内してくれた。

キッチンには祭壇がかざられており大理石の床と壁面で2階建て、まず中上流家庭と観られる。

子供達に歳と名前を尋ねたら、目を輝かせて答えてくれた。写真を送るからと言ったら、長い長い住所を書いてくれた。
いつのまに近所の子供達も混じっていた。
   

दीवाली, Diwali または サンスクリット語のディーパーヴリー दीपावली, Deepawali)は、インドのヒンドゥー教の新年のお祝い。 別名「光のフェスティバル」とも呼ばれ、10月末から11月初めのインド歴の第七番目の月の初めの日になる。
この日は新月と重なる。 この日は、ヒンドゥ教の女神ラクシュミーをお祝いする。
この日は、ジャイナ教の開祖マハーヴィーラが究極の悟りを開いた日だともいわれる。
  
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   1日目: ダンテーラス
   2日目: ナラクチャトゥルダシー
   3日目: ラクシュミー・プージャー(ラクシュミーにお祈りをする)
   4日目: 新年
   5日目: バーイー・ドジュ