Mr.tanaka : ニュージランド 紀行

 

親友の Mr.tanaka は、私の ニュージーランドツアー と同時期に同国を奥さんと観光した。彼の旅行の動機が愉快だ。

投稿済みの彼の 地中海クルーズ と合わせて、彼の「旅行シリーズ」を掲載した。  i-sa.


ニュージーランド紀行 2011/02/13

 香港行きに続いて、ニュージーランドへの旅に出た。またまたNBSANと同時期であり、同じNZに向かう事になってしまった彼の様な旅行はやりたくても出来ぬので、極めてゆったりした旅行を目指した。友人、家族、知人にはアララギ派の詩人斎藤茂吉の妻輝子さんが無くなる前まで海外旅行に良く出かけた折、 

 

                                             「もうすぐ死にますから、ちょっと行ってきます」 

家族を説得して出掛けたと言う話を何かで読んだので、今回はその手をそっくり真似して使うことにした。
実際それを口に出してみると「縁起でもないことを言わないで」とか
「そんな事を言う奴に限って長生きするものだ」とか、様々な反応が有って面白い。

実際にはクライストチャーチ滞在をもう数日延ばしたら、あの地震で下敷きになって本当に死んでいたかも知れない。

 

2/5  クライストチャーチ 

 

クライストチャーチは実に美しい所だ。

気候もマイルドで、イギリス風の瀟洒さと気品を持っており、街にはトラムがあり、街中に花があふれているのがガーデン・シテイと呼ばれる由縁でもあるのであろう。

カンタベリー大聖堂も落ち着いて風格があり見事なものである。

早速一般家庭のガーデニング賞を受賞した家を2軒見せて貰いに行った。

 

家主は留守であったが、中を見学出来た。芝生は完ぺきに管理され、多様な花が、今が見せ時と咲き誇っていた。家庭でもこんなに奇麗に花の管理が出来るのだと驚かされたが、大変な労力も要るのであろう。このあたりの家は200坪から300坪の敷地が標準的のようで前庭と後ろ側にも大きな庭を持っている。 
どこの家の前の広い歩道にも半分は芝が植えられており、自分の持ち物でもないのに、この芝生の管理を怠ると、市からペナルテイが来るそうである。

別の一軒の家は、たまたま家の主人の友人たちが、庭でワインを飲みながら談笑をしており、我々が家の外の花を見ているのに気付き、中に入れと言ってくれた。中に入ると600坪くらいある庭は、見事なもので賞を受けるだけある素晴らしい庭あった。

写真、ビデオを充分撮影させてもらった。NZ に来てすぐ気が付いたが、NZ人は実にフレンドリーだと思う。

日本人に似ているのかなあ

02/16 トランス・アルパイン 高原鉄道

 クライストチャーチから南アルプスのアーサーズ・パス(峠)まで行く高原列車に乗った。天気も上々で両側の景色も雄大で素晴らしかった。ジーゼル機関車の後ろには、78輌の客車が繋がっており、最後尾は写真撮影が出来るよう、窓のないオープンな車両がついている。

 

大半は イギリス人、カナダ人、などヨーロッパ系の人々であるが、日本人やアジア系の人もかなり乗っていた。最後尾のオープン車両は立錐の余地もないほど人が一杯でみなカメラを持ち、景色の移り変わりを撮影している。 登山鉄道なので、山岳地帯をくまなく眺められ、氷河が崩れて山肌が峡谷のように削り取られているのが見える。日本では眺められない実に雄大な自然である。ここで 峠のレストランで食事をとる。NZは 特にラム肉が美味しい、へたな テンダーロインよりはるかに美味い。

 

02/17  マウント クック 

        クライストチャーチからマウントクックまで331㎞マイクロバスで移動した。

 

NZの道路は市街地は別として殆どが2車線で中央分離帯などなく、白線1本で分離されている。驚いた事に速度制限は赤丸に100と書かれているのが殆どで分離帯のない道路を100㎞/hで走行するのが普通のようである。 

道路がカーブしていようがいまいがドライバーは総じて下りのカーブでも加速している。

最初に車に乗った時は まるでジェットコースターに乗ったのかと思われるほど身体がこわばった。こののち何度もバスに乗ることになったが、このままバスが湖に突っ込んで沈むのではないか、とか対向車と正面衝突すれば飛行機事故並みに皆助からないななどと考えると、日本の高速道路になれた我々には実に身体に悪い道路だと思った。

最後は まあ、プロのドライバーが運転しているので信頼するしかないかと観念する事にした。
でも 途中 デカポ湖に立ち寄り、マウントクックへの道のりは、実に素晴らしい、考えられない位広い牧場に羊、牛、鹿が点在しており、奥に見える山並みとが絵のように現れそれが延々と続く景観だ。

ハーミテージ ホテルにて 

11:00 に南十字星を眺めるツアーに参加した。ホテルから20分程 バスで移動し飛行場に降り立ち、そこで空を見上げて、 

日本人の女性専門家から説明をうける。彼女は レーザー光線を出すライトペンを持っており、これで星を指すと実に的確に星を指摘することが出来る。ケンタウロス座の明るい星をまず指標にしてから、サンザンクロスを見つける方法を教わった。

南半球にきてしか見られない星をみた。思い出に刻まれる星だ。 

彼女が反対側にある極めて明るい星を指し、これが「プリウス」ですと言ったので、「レクサス」はどこにありますかと聞いたら、睨まれた。

 

02/17 クインーズ タウン

ミルフォード サウンドを見学後,クイーンズタウンに着いた。ここも美しい街である。夕刻に2日間NBSANと 一緒に夕飯を食べる。本格的に BackPacker として様になっているダンデイな彼とその世界を目の前に見た。 南半球サザンクロスの星の下で食事を一緒にとる事など高校時代に予測できただろうかと不思議な気がした。

 

クイーンズタウンはバンジージャンプの発祥の地である。 街の中心にあるバンジージャンプ受付センターに行き一番有名な発祥の地へ行きたいと尋ねた。若い受付のNZ女性が バスで20分程の所にあるので、ここに並べと言う。しばらくして手を出せと言って手の甲に赤いマジックで記号と番号を書かれた。俺は飛ばないよと云ったのが判っているのか、いないのか。 
費用はいくらかと聞いたらタダだと言う。
 

PM2:00 にまたここへ来いと言うので 時間どおりにデスクへ行き名前を名乗り裏口から大型バスに乗り込んだ。
20分程してバンジージャンプの橋に到着。60m下の清流めがけて飛び降りる有名な場所だ。

眺めもいいし、絶好の場所で見物できる広いテラスがある。飛ぶ予定の連中はすぐ橋の階段を登ってゆく。どうやら我々はギャラリーとして連れてこられたらしい。観客がいなければジャンパーもつまらなく、やる気が失せるのかもしれない。

でも「飛べ」と言われなくてホッとしたのと、無料なのがうれしかった。

      若い女性のジャンパーも多く、老若男女 次々に60m下を目指して飛んでゆく。こんなことなら 

「俺も飛びます。」と言えば良かったかも。 

クイーンズタウンでレストランに行く。湖の近くにあるらしく道が入り組んでおりわからなくなった。とある一軒の土産物店に飛び込みそこの親父さんに道を聞く、驚いたことに、俺について来いと、店のドアをロックし我々を5,6分先のレストランまで案内してくれた。 NZ人のフレンドリーな面がここにもありうれしかった。帰りに折り返してその店に行き、お礼を言いながら、マヌカハニーを買わせて貰った。気持ちのいい人だった。滞在中こんな事に良く出くわした。 

ホテルのガイドブックを頼りに昼飯にパスタを食べようと街中に出掛けた。

2/22  ロトルア 
 我々の旅程にはなかったが、道中色々な人の話を聞き、ロトルアへ行ってみることにした。     先住民族マオリ文化を見ることができた。  彼らも先住民族として、苦労をしたようだが、アメリカインデアン、オーストラリアのアポロジニ、北海道のアイヌ民族に比べて、尊厳をもって、豊かに暮らしているようだ。

何でも、ワイタンギ条約の審判請求で近年 多額の保障を手に入れたそうだ。国が豊かであれば全体に福利厚生も行き渡るのだろう。

 

02/23 オークランド→ ダベンポート島
  
フェリーでダベンポート島まで行った。
ここも素晴らしくきれいな島で、瀟洒な雰囲気をもった、ゆったりした風情の街並みだ。

        NZで一番のショコラテイエの店があり、そこでトリュフ、プラネリなど数点を購入。結構おいしいチョコレートであった。 

 

オークランド国際空港 PM 11:59分発 

クライストチャーチから乗り継いで帰国する人の飛行機が次から次へと到着しそれを待つ為 AM02:00 に離陸した。 

周りには市街地規制でホテルに入れず、着の身着のままの姿で帰国の新婚夫婦も見られ大変な事態になっていた。
日本人の学生が脱出出来ないニュースもながれ、心配と気の毒で何とも言えない気持ちだ。

我々の旅は幸いにして被害に会わず、快適に出来た事を幸運とだけ考えて良いのだろうかと思わざるを得ない帰途だった。 

  

 ** 以上の 旅の総括 **     「もうすぐ死にますから、またどこかへ行こう」