ニューヨーク

今回は念願のニューヨークへ行く事になった

 

我々の世代はアメリカン・ドリームに憧れ

2本立て、3本立て映画館を 梯子し回り、

蚊にも食われながら野外映画会で見たアメリカ映画の影響で

この歳になっても

             ジョンウエイン、ハンフリー・ボガード、グレゴリー・ペック

        ビング・クロスビー、ケーリー・グラント    等が夢の中に出てくる。

もっとも最近は、

         クリント・イーストウッド、メリル・ストリープ、ロバート・デニーロ 等が出てくるが

 特に5番、マディソン・アベニュー、タイムズ・スクエアー、ブロード・ウエー

等の地名はあたかも自分が生まれ育った土地の様に頭にしみ込んでおり

異国の土地なのになぜか親しみを感じる

 

斎藤茂吉の妻、照子さんの

    「もうすぐ死にますから、ちょっと行ってきます」拝借シリーズ、

    第3段はそれでニューヨークと云うことになった。

 

添乗員なしの個人旅行なので、

全てが 勝手気ままな9日間の旅になった。

アメリカ大使館にESTAをインターネットで申請したら 一人$14とられた。


2012/5/25
      NY Kennedy 空港着。ホテルの6th.Av.53rd.st. ヒルトンまで 40分位で到着。 

20階の部屋からは、ビジネス街が眺望できる。
5番街も近く、便利な所だ。早速 昼飯か夕飯か解らない食事を探しにホテルを出た。

近くに日本そばのレストランがあり、そばを食べる事にした。
日本人の経営で、本物の日本そばが出てきた。日本人のおばちゃんの店員であったので、話していると、

そば はカナダの自己農園で作っていると云う事であった。

店にはまだ時間が早かったが、アメリカ人もそばを食べていた。

日本食のそばなどもNY では受け入れられているのだ。

 

2012/05/26     今日はお上りさんらしく、NY 一日観光バスを申し込んだ

 天気は良く、アツパーウエスト.イーストからミッドタウン,

最後にサウス・ストリート・シーポートから周遊フェリーで自由の女神、
9:11同時テロの跡地に建設中のワールド・トレード・センター.エンパイアー・ステーツ・ビルデイング等を海側から眺めた。
ワールド・トレード・センターは テロ前の 528mがより高い 541mになるようで、ウサマ・ビン・ラデインもけりをつけたし、実にアメリカ魂を感じさせる記念の建築物だ。

 2012/05/27      夜待望のブロード・ウエイ ミュージカル 「シカゴ」を観に出かけた。

 

アンバサダー劇場の前は大賑わいで、我々は日本でチケットの予約を済ませており、 舞台正面最前列のかぶりつき席であった。
1975年の初演で未だに人気のあるロングラン・ミュージカルでアンバサダー劇場はこの「シカゴ」をずーっとやっている訳であるが、3階まである年代ものの建物にしては、客席はコンパクトである。

 
ショウが始まり、その舞台の迫力に圧倒された。弦楽器を含んだフルバンドが舞台の後方で実際に演奏しており、舞台の歌唱力、演技、ダンス 振付はさすが本場物だけあって素晴らしかった。  何でもここの舞台に立てるのは、トップ・グループとその控え、予備の3番手グループまでだそうで、ヨーロッパ、日本を公演するグループは4番手以下5番手だそうである。


トップから予備の3番手グループまでは公演維持のため為アメリカ国外に出られない契約だそうだ。しのぎを削る競争社会で

トップ・グループを狙う舞台を毎日こなしているので、それが舞台に迫力を生み、ロング・ランを続けていける原動力になっているのであろう。こんなものは、ここに来なければ観られない。 映画のミュージカルなどは、これに比べれば、子供だましみたいなものかも知れない。
日本の米倉涼子が7月にブロード・ウエイでこの「シカゴ」をやる予定であるが、勿論このアンバサダー劇場でなく、別の劇場で 主役のロキシーを演ずる事になっている。

 

 2012/05/29      夜にグリニッチ・ビレッジにある ジャズ・クラブ「Blue note」に出掛けた。

 ディナー付きなので、正面の一番良い席を陣取る事が出来た。

 ベース・ギターのトリオの演奏があり、今日一日だけの公演であり、非常に人気の高いトリオなので超満員だった。 百人入れるか、どうかのテーブル・イス席に 満杯になるよう詰め込むので、

体のでかい人に挟まれて我々は小さくなっていた。演奏はクールで知的なジャズでとても雰囲気が良く、老若男女、本当に音楽を楽しめる人の集まりであり大変盛り上がった。素晴らしい。

最近はジュリアード音楽院やバークレー校出身のジャズ・メンも多い様だ。

2012/05/29

今日は一度中を見てみたいと思っていたMET「メトロ・ポリタン・オペラ・ハウス」に行くことにした。

リンカーン・センターの中にオペラ・ハウスがあり、その隣にジュリアード音楽院があった。

これがジュリアード音楽院かと感慨深く眺めた。
もし生まれ変わる事が出来たら、今度はBusinessの仕事ではなく、こんなところで勉強したいと思った。

 

 

オペラ・ハウスのチケットは既に日本で手に入れてあるが、METオペラは3ケ月前の公演をデジタル版にして、名古屋のミッドランド劇場で年中上演しており、よく観に行くがその本場を是非見たかった。

 

 

 

 

 

  

残念な事にオペラ・シーズンは丁度終わった所で、バレーを観ることになった。

劇場の雰囲気は、さすが重厚である、しかしヨーロッパのオペラ・ハウスに比べ、歴史の差が歴然とあり、

アメリカ的な品の良い装飾が施されている。 

演目のThe bright streamはコミック的で余り良くなかった。

2012/05/29(昼) 
   ニューヨークの食に関しては、一言でいえば多彩に尽きる。

  今日はニューヨークで今一番新しい動き、「ニュー・アメリカン」と云われる食事を摂ることにした。

        我々のホテルの隣が、近代美術館であり、その中庭に面したガラス張りの場所に、

       レストラン「The Modern」がある、なかなか

予約が取れなかったが、昼に何とか予約出来た。 店内にミシュランの認定額が掲げてあり、勿論昼でもドレスコードがある。 

Pre.price set menu1,2,3 のオードブル、メイン、デザート類等から選べるようになっている。
アメリカ料理と云えば、今までの経験上、とてつもない大きな肉の塊が、無造作に皿に乗ってくるイメージがあるが、ここの
「ニュー・アメリカン」は繊細だ。

昨今は日本料理が大人気であり、この日本料理の繊細さ、見た目の気品、色彩等を取り入れた

フレンチで一品の量も少なく、とても美味しかった。 今までのアメリカン料理の概念が一変した。

 

2012/05/30


NYでの食事は、日本の様なコンビニはなく、デリ(デリカテッセン)が至る所にある。そこでは、サンドイッチからスープ、パスタ、ラーメン、すし、味噌汁、シュウマイ、餃子、サラダ、ハム、チーズ、韓国料理にいたるまで何でもある。 勿論そこで食べても、持って帰る事も出来る。 量り売りで手軽である。 その他おにぎり屋、ラーメン店、何でもある。

 

日本にも出ている、デリカ・アンド・デルーカソーホー店等は、目の前ですしを作っており、

ニューヨーク人に大変人気があった。
我々はNYに行く前に、教えて貰った5番街からすぐ近くの所にある、日本料理レストラン「初花」へ出掛けた。

本物の日本の寿司が出され、大勢のニューヨーカーが楽しんでいた。

 

そこで日本人の店員やすだひでおさんが現れ、今月日本で私の本が出されますと云われた。

後で知った事ではあるが、

彼は京大の哲学科出で、世界中を歩き廻っている人だそうだ。

本の題名は「すべては、一つの命」で地湧社からの出版だそうである。

興味あるので出版されたら読んでみよう。

 

2012/05/31
一度乗って見たい Amtruckで NY ペンシルバニア駅からボストンに出掛けた。 片道4時間、

ジュラルミン製の格好のいい車体にAmtruck と書いてある。

 

車内は 新幹線の客席より幅、足元が広く、清潔で快適であった。
新幹線の様に売り子も来ないし、車掌が一度だけ切符を確認にきた。

次の駅のアナウンスはあるが、JR西日本のサイレント・カーと同じように余分な事は云わない。

列車も勝手に止まって、勝手に動き出す感じだ。

 

NYの地下鉄でも同じようなもので、まもなく列車が来るから、白線の内側へさがれとか、市役所に行く人は次の駅で降りろとか、の類のアナウンスは一切云わない。
乗るつもりのある者は乗れって感じである。

そう云えばヨーロッパでもそうだった。
自分としてはこの方が好きだ。日本のはアナウンスが多すぎる。


ボストンは京都と姉妹提携しているだけあって、落ち着いた良い街だ。

 

ハーバート大学を見学した、

と云ってもキャンパス内を歩き回った程度であるが、

広い敷地に芝生とレンガ造りの瀟洒な寮が点在し、良い雰囲気だ。

その一つに皇太子妃雅子さんが、

ハーバート大学在籍中に居住した寮がある。

 

その雅子さんが、

かって日本人の学生でとても優秀でずば抜けた成績の学生だったとして、

この寮に住んだ事を今でも語り継がれているそうだ

 

2012/05/31  ヶネデイ空港より帰国の途  2012/06/02  成田空港

JALの直行便、往復27時間あまりのフライトでは、客室乗務員の企業再生への真剣さ、熱意が、現れており、

まさに稲盛会長の思いを体現している。 多くのリストラで仲間を失い、LCCとの競合、差別化を意識して、サービス、笑顔、マナー全てに真剣に取り組んでいる感じだ。 ここで面白い事が起こった。

我スーツケースは30年来世界中を駆け巡った、ポンコツでは  あるが、見た目には浅いブルーのまだ

綺麗なものである。

成田で自宅向け宅急便に預けようとしたら、破損をしており、

JALのクレーム受付へ行きなさいと勧めてくれた。

持って行くと、新品のス-ツーケース大小を持ってきて、良かったらこれで交換しますとの事。 

実際もうすぐ壊れそうな年代物なので、結構ですと云おうかと迷ったが、 結局JALさんのサービスの

良さに甘えて、最新型スパルデイングの少し大き目のもの(行く前に買おうと考えた大きさのケース)

に替えて貰った。JALさん有難う、またお宅の飛行機に乗ります。

         「もうすぐ 死ぬのでちょっと行ってきますシリーズ」 も回を重ねるごとに 

     楽しくなり、これでは 第4シリーズの実行計画を立てねばならない。