Mr.tanaka :  ヨーロッパ 一人旅

  

 

(ロンドン → ウイーン → ドレスデン → マイセン → ベルリン)

ヨーロッパ   3 週間 一人旅                 

 ヨーロッパ3週間の「旅」にでた。

もうすぐ死にますからちょっと行ってきますシリーズ第7回(斎藤茂吉の妻 照子さんより拝借)これが人生 ラスト・1マイルの旅に

なるのか。  昨年央にプロ級の Back Packer NB san からヨーロッパへ42日間行く計画だと聞いた。

ヨーロッパなら俺も行こうと9月にロンドン往復76,000円のJAL/中国東方航空共同運航便のチケットを手に入れた。

8ケ月以上先の話で、まだキャンセルも可能でプランも何もなかったが、頭の中の空想は、ロンドン、オランダ、ベルギ-、ノルウエー、

フィンランド、ロシア、ドイツ、クロラチア、ギリシャ、トルコ、スペイン、フランス、イタリア、モロッコ などが駆け回った。 

 

ヨーロッパ3週間の「旅」にでた。

もうすぐ死にますからちょっと行ってきますシリーズ第7回(斎藤茂吉の妻 照子さんより拝借)。これが人生 ラスト・1マイルの旅になるのか。  昨年央にプロ級の Back Packer NB san からヨーロッパへ42日間行く計画だと聞いた。

 


旅行前に打ち合わせを始めた、ロンドンの後、オランダ、ベルギー、フランス、モロッコと計画中、果たして自分には6週間 Back packerとしての体力があるのかと云う疑問が持ち上がった。それで、いつも行く内科医に聞きに行った。

 

内科医曰く、若い時から BackPacker に慣れていれば出来るが、今からでは無理だ。普通の旅行なら常備薬を出しDoctor's letter も書いて上げるから行きなさい。万一発熱でもしたら出来るだけ大きな病院にこれを持って飛び込めば良い、との話だった。成程、異国でひっくり返る訳にもゆかないなと思った。

 

結局プロ級のヨーロッパ Back Packer ツアーを頭に描いている NB san の足を引っ張る事にもなり兼ねないので、

折角買ったリュクサック、ジーパン、ジャンパーも無駄になるが、急遽対応策を考える事にした。

それで、ロンドンまでのチケットを生かし自分の好きな音楽に絡んだ旅を目指そうと考えた。


テーマを「ヨーロッパ音楽の旅」とした。 これであれば NB san も俺に合わせて生ぬるい旅行をしなくても本来の Back Packer魂を感じさせる旅行をするに違いない。よしこれで行こうと決めた。

 

 

 

 

Abercorn House Hostel


Hammersmith
駅近くの清潔、機能的なホテルだった。 

 

 

 

 National Museum

 

 

 

ロンドン 地下鉄

現在は日本のスイカ、マナカと同じエスカルゴと云うカードがあり、

バスにも乗れ、使い勝手が良かった。

 

 

 

 

 

ロンドン・ブリッジ

London Bridge is broken down 有名な橋を見に行こうと 地下鉄ロンドン・ブリッジ駅で降りた。ロンドン・ブリッジは 庄内川、新川中橋と余り変わらなかった。 なんだ、これは、と云う感じだった。3泊目から別な Holland Park Hotelが頼んでありここに移った。朝食付ではあるがやや民宿風な宿だった。WIFIは自由に繋げた。  Holland Park という広大な公園の西端にあり、Hammersmith 駅からも近くLocation  は文句無かった。

 

 

  

ドラファルガー広場から歩いて大英博物館に到着。

 

興味のあるエジプト館に2日通った。

 

 

 

ロゼッタ・ストーン

ここの至宝 ロゼッタ・ストーン 。
日本語イヤホーン・ガイドで解読と
その方法、その素晴らしさの案内があり感心した。

 

 

Hamersmith 駅の前に大ショッピング・センターがあり,

そこの「WAGAMAMA」店のラーメン、 美味しかった。

これもユネスコの無形文化遺産に選定された日本食 なのかなあー。


  

大英博物館の近くのPabCafé?で休憩。

感じの良いヨーロッパらしい雰囲気の店で、 食事も 飲むことも出来る店だった。

  
 NB san が飲んだビール これは「うまい!」と言うので、一口飲んでみた。

確かにコクが ありうまかった。

金を支払い後で請求書を見たら、 Asahi と書いてあった。

 

 

 

ロンドン・ミュージカル ノベロ劇場前マンマミーア」を見た。 

何で今更ABBAか、とも思ったが、迫力があり、楽しかった。

さすがに本場物だ。

 

 

 

 

 

 

ハイド パークの横の グリーン・パークで休憩。

ツアー観光ではこんな事は やってられない。

 

しばらく昼寝も出来た。

 

2014/525

 

日本で打ち合わせ済みではあるが、ここでBack Packer NB san と別れ、それぞれ  別な行先を目指した。彼はオランダへフェリーで渡る予定。

地下鉄駅でお互い GoodLuck !” と言って別れた。

 

これが一人旅の始まりだった。

そのままヒースロー空港へ 地下鉄で向かい British Air機でウイーンへ向かった。 

 

 

ウイーン 到着

空港到着後 City Airport Train に乗り市中に 向かった。

 

ここからが日本と違う交通システムの始まりだった。地下鉄トラム、バス 皆同じだった。まず、改札口が無い。改札窓口も無い。電車も 勝手に乗り降りできるが乗る時、降りるときは ドアを自分で開けなければならない。 ドアの前に立っていても開かない。

切符は販売機で カードでも現金でも買え何枚でも買える。

しかし駅の柱に取り付けてある刻印器に切符を差し込みスタンプをしてはじめて有効になるのだ。

ウイーン・ドレスデン・ベルリンでも毎日地下鉄トラムに乗ったが一度買った切符を人に見せなかった。へんてこなシステムだった。

 




 自転車も OK

 

 

n Parkring Hotel 12 階。

窓からの ウイーンの眺望が良く素敵な眺めだった。 
朝と夜は 景色、景観、雰囲気も替わった。

  

夜12:00に 劇場からホテルまで  2回歩いて帰った。
夜道は映画「第三の男」に出てくる様な
 雰囲気であった。

 

 

ヨーロッパの一番東に位置したウイーンは  

落ち着いた綺麗な街で、ハプスブルグ家  

の面影が一番残っている街だそうだ。

 

楽都とも言われ、音楽的な雰囲気に満ちている

 

 2014/5/26  

念願のウイーン国立オペラ座 に出掛けた。 

 

演目は「 ホフマン物語 」

日本でチケット買う時 Internet で座席表 を呼び出した。満席だった。
ただ一つ、1階席、前から5列目、中央が
点滅していた。即座にキーを叩いて購入した。 これで売り切れとなった。

 

中央、前列席 程服装に気を遣うなんて Internet に書いてあり、 ここは 

紳士・淑女の世界と言う事で、 日本から重い荷物 服装、靴まで 持って来ていたので、一応服装を整え出掛けた。

確かに周りはフォーマルな格好の人が多かったが、全部では無かった。

 幕間はロビーでワインを飲んで、 劇場の内部、            前の座席後ろに字幕が出る、               緞 帳


 

  演目の「 ホフマン物語 」これは面白かった。

詩人ホフマンが恋した3人の個性的な  ヒロイン機械人形、 娼婦、清純な歌手の 物語。


  
    有名なオランピアの歌(機械人形の歌)
  
    娼婦 ジュリエッタ(ホフマンの舟歌)
  ③    アントニ-ア (清純な歌手)


兎に角メロデイーがきれいで、楽しく深刻なものがなく、それでいて人を感動させる。 ホフマン物語」は人気が高いオペラらしく、 すぐ満席になるようだ。本場で観ることが出来、 これは最高に素敵だった。

 

2014/5/27

       映画「 第三の男 」に出て来る、 ウイーンの大観覧車に乗った。
      オーソン・ウエルズの気分だった。

ラスト・シーンでジョセフ・コットンの 前をアリダ・バリが 無言で通り過ぎる 一番印象的なシーンの公園があった。

 

帰りついでに ザッハ・トルテを食べた。

閉店した有名な天満屋、 和食店 京都

 

ヨーロッパ旅行の場合、頭を痛めるのがいつも 食事である。 今回のウイーンでは、日本を出る 前から、オペラ座の前にある「天満屋」で食事を しようと決めていた。

 

だが、店の前の閉店の張り紙を見て驚いた。窓に「長年ご愛顧賜りまして・・・」と挨拶文が 書いてあった。思い出してホテル近くのKYOTOと書いた

レストランに入った。 看板は日本料理だが、 オーナーは韓国人だった 

京都と書いたメニューには、寿司も、どんぶりも、 ベントウも載っていた。 

 

        ラーメンに前菜3品   海鮮ラーメン

 

それでまず海鮮ラーメンを注文。前菜小皿が3品出てきた。

「キムチ」、「ナムル」、「沢庵の様なキムチ」。 そして続いて海鮮ラーメンが出てきた。 

ムール貝や エビ、野菜が入っており、結構美味かったが、麺は インスタントを戻したもので、カップラーメンを 食べた感じがした。

これでも 無形文化遺産、日本食の一部になるのかなあ  

 

 

 

ヨーロッパ旅行の場合、頭を痛めるのがいつも 食事である。 今回のウイーンでは、日本を出る 前から、オペラ座の前にある「天満屋」で食事を しようと決めていた。

だが、店の前の閉店の張り紙を見て驚いた。窓に「長年ご愛顧賜りまして・・・」と挨拶文が 書いてあった。思い出して

ホテル近くのKYOTOと書いた レストランに入った。看板は日本料理だが、 オーナーは韓国人だった。

 

京都と書いたメニューには、寿司も、どんぶりも、 ベントウも載っていた。 それでまず海鮮ラーメンを注文。

前菜小皿が3品出てきた。 「キムチ」、「ナムル」、「沢庵の様なキムチ」。 そして続いて海鮮ラーメンが出てきた。

ムール貝や エビ、野菜が入っており、結構美味かったが、麺は インスタントを戻したもので、カップラーメンを

食べた感じがした。これでも 無形文化遺産、日本食の一部になるのかなあ   

 

クリムトの展示美術館を見に行った。 ついでにカフエ・モーツアルトでウインナーコーヒー、
ケーキを食べた。さすが220年の伝統、美味しかった、
   
最高! 最高!

 

2014/5/29

 

チケットが買ってあるフォルクス・オーパ劇場へ出掛けた。演目はフランツ・レハール の
「 メリーウイドウ 」。
「 Uバーン 」3路線乗り継いで駅から歩いて劇場へ。 

  

歩いている途中、すぐ横を大きな車が通り過ぎて止まった。

男が二人降りてきて止めてある乗用車の下に二本の鉄棒を入れ、クレーンであっという間に車を荷台に積み込んで行ってしまった。 その間、4-5分程、後続の数台の車は、

みな仕方がない、と言う顔で待っていた。駐車違反の文句なしの撤去作業だった。

 通行人も通れないので待っていたが、係官は

「すみません」も何も言わず平然と仕事をし 黙って行ってしまった。驚いた。昔の共産圏の名残なのか。

 

               フォルクス・オーパ劇場           客 席                                                   休憩時間

 

「メリーウイドウ」 沢山の名曲があり、 ヒットラーもこのレハールが大好きだったそうで 文句なしに本当に面白い。

それを本場で観て、圧倒され、大変印象深い ものになった。

2014/5/31

 

ドレスデン中央駅

ウイーンに後ろ髪をひかれながら、ドイツ  ドレスデンまで8時間の列車の旅をした。 1等 コンパートメント内には、偶然 日本人の 65歳前後の夫婦と日本人女性1人、オーストラリア 人女性1人、と一緒だった。お蔭で楽しい列車の旅と なった。

日本人のご夫妻は昨日 「 ホフマン物語 」 を観てきました、と話され、盛り上がった。
若い日本人女性は、プラハへ行きますと、途中で降りた。

   ドレスデン街中、   マイセン陶壁君主の行列、  ドレスデン街中 、  Hotel Arktmark

 

 ゼンパー・オーパー 歌劇場

 

 

ドレスデンに到着。ドイツ東部にある、ドイツ一番の 観光地。 

ザクセン王国の都であった都市で、マイセン製磁器 タイル 25,000枚の壁画「君主の行列」が 見られる。
また ゼンパー・オーパ歌劇場もよく知られて居る。
今回 マイセン窯まで足を伸ばし、

磁器工場 Museum を訪ねる事と、ゼンパー・オーパ劇場へ行くのが目的で、
ベルリンの途中立ち寄った。

      

       ドレスデン街中で昼飯を食べた。ソーセージ店は どこにでもあり、  パンの種類も多く、スープも 売っている。

きれいなソーセージ店に入った。店の中に5ケ所、 店の外に3カ所、 の立ち食いテーブルが有った。
皆 薄いパンとソーセージを
 立ったままで食べており、 それで昼飯は終わりの様だった。  テーブルの間に小さなドラム缶が置いてありレバーを 押すと、 マスタードが出てくる。 それをソーセージにたっぷりつけて 食べていた。

日本の立ち食い寿司などは座って食べるが、  ここは完全に立ったままだった。  日本人の様に忙しいのかなあ。

 

  2014/6/1

 

ドレスデン中央駅からSバーンに乗ってマイセンへ出かけた。快適な2階建て電車で 40分程の距離だった

  マイセン行き Sバーン       2階席 車内

 

 マイセンMuseum  マイセン駅から徒歩10分、 マイセンMuseum 館内

 

マイセン 展示品

 

テーブル・ウエアーから、装飾品まで、無数の白磁の美術品が展示されており見応えがあった。ザクセン候が
抱え込んだ 白磁はまさに当時の至宝だったのだろう。 各国からの観光客も多く、特に日本人観光客が多かった。

お土産にせめて1品何かを買おうと思ったが高くて手が 出なかった。それに持って帰るのにまた重量が増える
懸念 もあった。


       マイセン窯内 レストラン                                         マイセン ロゴ 入り プレート

  

丁度 お昼になり マイセン館内で八ヶ岳高原ロッジを 思わせる大変雰囲気の良いレストランで

マイセンロゴ プレートの昼食を食べた。美味しかった。

 

 2014/6/2

ゼンパーオーパ歌劇場へ出かけた。演目は モーツアルトの「 コ・シ・ファン・トッテ 」 

 

行きはトラムに乗り出かけた。電車の中で切符を買おう としたら、アメリカ人の観光客4,5人が切符販売機の前で 操作をあれこれ迷いながらやっており、2つ目の降りる駅まで 来てしまったので そのまま降りた。無賃乗車だった。


日本ならまず出来ない事だ。
ドレスデンにも至る所にSUSHIバーがある。やはり日本食ブームなのかでもヨーロッパ3週間の間、寿司は絶対手を出さなかった。 何処の魚か分からないし万一腹を壊したら一人旅を続けられないと思った。

 

2014/6/3

 

 

 

ドレスデンからベルリンへ向かう。

 

列車で2時間の旅だった。ベルリン中央駅から、ベルリン・ミッテにある 

Boutique Hotel i31ホテルに到着。

 

 

成程、Boutique な受付だった。

でも6階建ての ドイツらしい清潔 な良いホテルだった。

流石ベルリンだけあって、

客層もピチット とした、

Business man, Business Woman の世界だった

2014/6/4

今回の旅の目的、ベルリン・フィル・ハーモニーへ出掛けた。 ホテルを出て、ベルリン・フィルの近くで食事をする 予定で、場所探し、迷う時間を含め3時間みた。
Postsdam
に ベルリン・フィルが有るので、 Postsdam.Hbt までCゾーンのキップを買いUバーン S-1 に乗り込んだ。

これが失敗の始まりだった。1時間近く過ぎ駅に到着。 誰に聞いてもベルリン・フィルなんてここには無い、と言う。

Uバーン案内所に行き、間違いに気付いた。 案内の太った中年おばさんがinternetで調べてくれ、 Postdan.Platzへ行きなさい。
下のホームに今電車が止まっているから、飛び乗れば 間に合うU6ホームへすぐ行きなさい。

 

 

ドアの外に出てきて指さしあのU6ホームだよ、間違えるな と親切に教えてくれた。
それでこの電車に飛び乗り、1時間後、何とか開演に 間に合った。
間一髪だった。開演は夜8:00時、晩飯は食べそこねた。
 
どこの国の人も同じ、親切な人は沢山いるものだ。 

演目は リヒヤルト・シュトラウス

      ドン・ファン、ドン・ジョバンニ、薔薇の騎士

 指揮    ロリーン・マゼール
前から3列目、17番席は中央、指揮者のすぐ後ろだった。 テレビではよく見る席では有ったが、こんな所に自分が、 座っているとは想像もしなかった席だ。
ロリーン・マゼールもすぐ目の前で、舞台の四方に観客席があり音響効果は抜群に良い。

ベルリン・フィルのそれぞれの奏者の信じられないくらいの上手さ、演目の ドン・ファン、ドン・キホーテー、交響詩、 組曲「バラの騎士」の演奏は、

ロリーン・マゼールの指揮とベルリン・フィルのハーモニーと、音楽性の高さが感じられ、とても素晴らしいものだった。 サー・サイモン・ラトルも一度見たかったが、

                     ロリーン・マゼールも凄かった。本当に来て良かった。   

ベルリンブランデンブルグ門と、Check Point Cherlie.立寄った。 バッハの曲を思い出す名門 ブランデンブルグ、

今はベルリン の象徴だそうだ。 東西分裂のベルリンの関門の一つ Check Point Cherlie にはベルリンの壁崩壊までの記録写真が展示されており、 記念品に[ベルリンの壁] の実物(実際は数mg)の お土産を買った。

 

2014/6/6

ベルリン→フランクフルト→アブダビ(ドバイ)→北京→ 中部国際空港を経て、計画通り、ノン・トラブルで 無事帰国できた。考えてみれば、悠長で、優雅な旅でもあった。 

 

旅の総括:

楽観主義、自立心、愛情、と言った個人的資質は幸せに生きる為に誰にでも必要だが、今回思ったのは、

一度しか無い人生、何かをやりたいと思った時、 その時、が“ 旬 ” なのだと云う事だった。

とても楽しく、素晴らしい時間が持てた。  これが人生ラスト1マイルだったとは思えない。 まだ 20マイルは

有ると思うので、またどこかへ行こう。